何をもって「男になる」のか?

五月五日、端午の節供。 そもそもは、香りの強い菖蒲(しょうぶ)の葉で女性の邪気祓いの行事をしていた日。それが、菖蒲=尚武=勝負の同じしょうぶつながりで、兜を飾るなどするうちに、次第に男子の節供になっていったとの事である。 (茅の葉で巻いた「ちまき」については昨年のブログに考察がありますので、そちらもぜひお読みください) 袴をはくとか、兜をかぶるとか、そういった戦い系の装身具を装着する事で「男になった」ことを自他ともに認めるという風習は、どこの国にもあるけれど、それを季節の節目の「祓え」の行事と融合させるところに、独特のセンスを感じる。 あるいは毎年めぐってくる季節の行事と融合させる事により、伝統行事がすたれないという側面もあるのかもしれない。 兜や刀といった武具は記号化された存在で、現代では実際には使用されていない。では現代では具体的に何をもって「男になった」と、自他ともに考えるのだろうか。(ここでいう「男」はジェンダーのことではない。選挙運動で候補者が「私を男にしてください」という時の「男」である。平たく言えば、社会のヒエラルキーに参加する、ということだ。) うちには男女の双子がいる。当たり前だが年齢も月齢も一緒である。双子だと世話に手がかかるので男だとか女だとか考えているひまはなく、離乳食は同じ茶碗から同じスプーンでかわりばんこにあげていたし、同じことをして遊び、同じ本を読み聞かせ、同じように育った。 服装は、もらいものとおさがりで済ませていたのでお揃いではなかった。ふたごで唯一違うといえば、服装くらいだったろうか? そんな双子がつかまり立ちを始めた頃、生活の場を社務所から

鎌倉時代のんは、しゅっとしてはります。江戸期のもんとくらべてみよし。

外出自粛の日々、皆さま如何お過ごしでしょうか。 昨年の5月1日は、令和の初日でしたので、社務所の前にはご朱印の行列が出来、てんやわんやだったのを思い出します。あの賑わいからすると、今年の5月1日は、まるで別の星にいるかのように静かで、それもまた悪くない。 日頃から、ほとんど神社の氏子区域外には出ない私ですが、この春はとくべつ、神社の中にとどまっているため、社務所の開け放した窓からは、さやさやと木の葉の揺れる音、絵馬が風でかたかたと鳴る音、鳥たちのさえずり、啄木鳥が木を彫るリズミカルな音などが、くっきりと耳に届き、心身が研ぎ澄まされていくようです。 とはいえ、境内には、いつものおまいりの方々に加え、お散歩がてら、神様に手を合わせて行かれる方々の姿も見られます。 いつもと違うのは、参拝の人どうしが、おしゃべりしていないこと。 それどころか、人と人とが、だまって、距離を保っている…。(えらい!) 大阪の人たちが、こんなにおとなしく、静かに参拝し、内省的に自己を見つめているなんてことが、これまであっただろうか?(いや、ない)。 おそらく数か月の、儚いこの情景(であってほしいですが)を後世に伝えるべく、墨で社務日記に書き留めなくては。データは一瞬で消えるけれど墨は二百年たっても消えないのだから。 と思いつつ境内を掃き清めております。 さて今日も、在宅勤務が長期化し、体力免疫力維持のために近所を走ったり歩いたりするなどしている方々が。 普段は、通勤で牧野駅へ向かう途中に足早に通り過ぎるだけの片埜神社に、なんとなく、入ってみようかな? と、足を踏み入れ、 「こんな立派なオヤシロだったなんて、

特集記事
最新記事
アーカイブ
タグから検索
まだタグはありません。
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

このサイト内の画像・テキストの転載はご遠慮ください。 片埜神社社務所