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​沿革

 

御祭神  

建速須佐之男命 菅原道真公 事代主大神 他九柱

 

 社伝では、11代垂仁天皇の御世、出雲の野見宿禰命が当地方を拝領した折、建速須佐之男大神をこの地にお祀りして土師氏の鎮守としたのが草創で、29代欽明天皇の御世に「片野神社」の社号を賜って交野郡の産土社となった。延喜式(927年)では式内小社に列され、天徳4年(960年)に土師氏の出である菅原道真公を併祀、平安時代後期には社名を「一宮(いちのみや)」と改めた。

 鎌倉・室町期には元弘の変や、三好・松永の戦いなど幾度かの兵火に罹り、荒廃と再建を繰り返した。

 天正11年(1583年)、豊臣秀吉公により大坂城鬼門鎮護の社と定められてからは、方位鬼門除けにも霊験あらたかな社と世に知られ、慶長7年(1602年)には豊臣秀頼公による本殿等の寄進大造営があった。

明治時代に近隣諸社のご祭神を合祀申し上げ、社名をもとの「片埜神社」に復して現在に至っている。

文化財 

・御本殿・棟札(桃山時代・国指定重要文化財)

・正門(桃山時代・府指定文化財) 

・東門(室町時代・府指定文化財)

・石灯篭1基(鎌倉時代・府指定文化財)

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