春に神差す京阪電車


大学三回生の巫女Fはとても丁寧で、優しい子だ。

Fがまだ巫女になりたての高校二年生の頃、車のお祓いの説明をしていると、

「桃子さん。車にもお鈴を振ってあげるんですか」と聞くので、

「しないよ。人じゃないから」と答えたが、心の中では「車にも振ってあげようかな」と思った。


ご朱印帖に筆文字を書いているときも、Fが

「桃子さん。」というので

「何。」と返すと

「『今日は暑いですね』、とか書いてるんですか」と聞くので

「それはない。奉拝。」と答えたが、なんだか心が和んだ。


イベントの仕事中に私がカリカリしている時も、Fは一向に気にせず

「桃子さん。」と話しかけてくる。

「何!」と答えると

「今日の桃子さん、かわいいです」

と言うので、カリカリするのをやめたことがあった。


そんなFは、正月にたくさん並んでいる干支(えと)の縁起物を前にして、参拝客の方に

「どの子になさいますか? この子になさいますか? かしこまりました、かわいいですよね」

と応対し、縁起物を慎重に、紙袋に入れて、両手で丁寧にお渡しする。


たまに、「ぜんぶ同じちゃうんか」

と、真顔で聞いてくる参拝客もおられる。


そんな時も、Fはまったく動じない。

「ひとつひとつ、ちがう子なんです」

とほほえむ。彼女のほほえみは本物だから、お客さんも得心する。


たとえば、同じ姿かたちのコップでも、こっちにおいてあるコップと、あっちにおいてあるコップは、同じではない。


この世に同じものなど、なにひとつない。


Fと一緒にいると、そんな当たり前のことを確認して、世の中すべてのことが尊く感じられるから不思議だ。





授与所を閉める時間帯になると、やや大ざっぱな性格の巫女Kが、Fが丁寧に扱ってきた干支の縁起物(一般には、ぜんぶ同じに見える牛の置物たち)が載っている折敷をかかえて、

「桃子さん、コイツらもう撤収していいですか」

と言う。

「コイツらって言わない。」と私が目力全開で叱ると、Kは「さーせん」と謝ったすぐあとに、

「今日はクッソ寒いのにこれからまたバイトっすよ、晩12時まで」と言うので

「巫女装束を着ているときはクソって言わない。」とまた叱る。私は母親か。


Kの名誉のために言っておくが、口は悪いが神様に対する根本的な畏敬の心がある、つまりKは巫女のもっとも肝心かなめとなる要素を最初から持っている子である。


私はFがアマテラスならKはスサノオだなあと思って見ている。二人ともありのままが一番おもしろいからこのまま大人になってほしいと思う。





さて、昨年末に私が長い髪を切ってショートにした時、Kは

「いや~、よううつるな~思って見てたんすよ!」

と言った。


よううつる、というのは関西弁で「よく似合う」(よう=良く、うつる=映る)である。


Kのように普段から祖父母ともよく会話する若者は、こうした古くからの関西弁と現代の若者言葉とをまぜた言葉を時折話すのだが、「よく似合う」と言われるよりも「よううつる」と言われるほうが、なんとなく雅(みやび)な感じを受けるのは、私が東の人間だからだろうか? 普段、べらんめえ調のKが、関西の古風な言い回しを使ったので異化効果があり、このせりふは私の胸に刻まれた。


胸に刻まれている関西の誉め言葉がもうひとつある。


双子がまだ赤ちゃんの頃、二人乗りの乳母車に乗せて町に出ると、かならず、見ず知らずの方々に話しかけられて、予定より倍の時間がかかるのが常であったが、その中でも印象に残っているお爺さんが話していた言葉だ。


二人乗りの乳母車(近頃はバギーと呼ぶ)を見て、そのお爺さんは「ええ車やのう」と話しかけてきた。それから、

「ワシはシナ事変の頃から兵隊に行っとるから足は丈夫やで。今はひ孫が11人や。お年玉が大変なんや」

と、ひとしきりひ孫について語った。お爺さんのしゃがれた声と抑揚がまるで詩吟のようだったからだろう、バギーに乗っていたうちの双子はお爺さんの語りを見つめ、ご機嫌に、はふはふしていた。


語り終わって双子のほうに目をやったお爺さんは、

「君ら、きさんじやね」

と言ってニヤリ、そのまま去っていったのである。


私はその当時「きさんじ」の意味を知らなかった。シナ事変の話が出たので「帰参児」と書いて何か戦争孤児のようなものを指すのかしらんと思い家に帰って辞書で調べると「帰参」には「勘当された子が親元へ帰る」という意味があった。でも赤ちゃんに勘当は早い。


もう少し調べてみたら「気散じ」に行き当たった。気を散じる、気晴らし。気楽。呑気。といった意味である。そして大阪では「気散じさん」が、おおらかな子、ごきげんな子、という誉め言葉になるということをこの時知ったのである。


物を言う前の乳児というのは意思表示が「泣く」しかないから、部屋の中で1対1で対峙していると、どうしたって互いに煮詰まる。うちの場合は双子だったから、何を言いたいのか全く分からん生き物2体と私が、部屋の中でがっちり正三角形のバランスになってニッチモサッチモいかなくなることがあった。


ところが野外に出すとさまざまなものが乳児の五感を刺激して、泣いているひまがないのだろう、二人ともご機嫌だった。私は心の平和を保つために、とにかく双子をバギーに乗せては、来る日も来る日も野外を歩きまわった。


「きさんじやね」「まあ、きさんじさん」

シナ事変のお爺さん以降、双子をつれて野外をうろうろしていると、いろいろな方から幾度となくこの言葉をかけられ、そのたびに、「外ではね。」と思いつつ、きさんじという言葉の響きに憩いを感じた。




この頃、双子はまだ言葉をしゃべり出す前だったが、動物が鳴くかのように、口をあけて喉を鳴らしていた。口をあけて、「お」と言った後に、フランス語の「r」のように喉を鳴らし、そのあと、犬みたいに「クン」と鼻を鳴らして閉じる。


しゅうとめさんは、これを見て「おっこん 言うてはるわ」と言った。「赤ちゃんはおっこん、おっこん言うねん、息子も娘もそうやったわ」。


しゅうとめさんは京都の人で、皇族の血筋であるから、赤ちゃんの何とも表現しがたい発声を、「おっこん」という、いかにも京風な、雅な感じの言葉に変換するのだなと思った。


他にも、お散歩は「よいよい」、おすわりは「おっちんとん」、入浴は「ちゃいちゃい」など、おしゅうとめさんの使う赤ちゃんことばは、そこはかとなく雅な感じがした。


おたがいに「おっこん」「おっこん」と、動物っぽく会話している双子の様子は、さながら犬と犬が出会い「わん」「わん」と言い合っているようなあんばいで、こちらには何を通じ合っているのかさっぱり分からなかったが、そのうちに女の子のほうが先に言葉をしゃべり出すと(うちの子は男女の双子である)、男子のほうも「おっこん」と鳴くのをやめ、かわりに、だー、ばー、べー、等、人間らしい発声をし始め、ほんのひと月程度で「おっこん」は消滅した。


それから数年たって、御所ことばで酒のことを「おっこん」と言うことを知り、その由来はお九献であるとの説明を受けたが、私はひそかに赤ちゃんの「おっこん」との共通点を見つけてハッとしたことを覚えている。それは赤ちゃんの発声を「おっこん」と言い表したおしゅうとめさんの中にわずかだが確実に流れている皇族の血を証明しているような気がした。


初宮まいりにやってくる、言葉をしゃべり出す前の乳児が醸し出す神感は、その浮遊しているような手指の動きや、見えないものを見ているような瞳や、「おっこん」という発声にあるような気がするが、その神感は、やがて言葉を話し初め、歩き始めると、着々と失われてゆき、そのかわりに人間味が増してゆく。物心がついて、七五三まいりに来る頃には、自我の塊で、人間らしさ全開だ。





春先の関西は、黄砂と花粉のために、視界が薄黄色くもやがかかっている。晴れの日の昼にすいている京阪電車に乗り、どうしようもない眠気とともに、信じられないほど曲がるカーブに何度もゆられていると、まるであの世行きの電車に乗っているようだ。もしかしてもうこれはあの世にいるのかもしれないなぁ、と錯覚しながら寝落ちする。


伏見桃山駅から乗ってきたであろう年配の乗客が、おおきな声で話している。

「それかいらしなあ、さら?」

「あのせんせ、やうつり(家遷り)しはったんやて」

「きさんじに花見でも出かけたいわぁ」


眠くて眠くて、目が開けられない。現実なのか、白昼夢なのか、よく分からないが、「きさんじ」の言葉がきっかけで、おっこん時代の神感が一瞬だけふわっと戻ってくる。赤ちゃんの匂いとともに。それはとても儚いもので、いつやってくるかわからない。


魔が差すという言葉があるが、それは、神が差すとしか言いようがないふしぎな瞬間である。




特集記事
最新記事