強剪定からの、屋根の話

三月の初めに、本殿横の大木を強剪定(きょうせんてい)した。

と書くと、まるで自分がしたかのようだが、玄人の植木屋さんがクレーン車を操って行ない、その後の手当てもして下さっている。


強剪定とは、太い幹を切って木を小さくすることで、片埜神社では4~5年に一度、順繰りにおこなっている。

今回は楠の木を大胆に刈ったので、「楠の木がめちゃ小さくなった!」と驚かれた方もあるかもしれない。ミスター・ビーンがお気に入りのクマのぬいぐるみをコインランドリーに入れたら、めっちゃ小さくなって出てきた時ぐらいの変化である。




だが、大枚をはたいてクレーン車を導入し、大きな木を強剪定をするのには理由がある。

ここ数年、九月、十月の台風や大雨が尋常ではない。地震も頻発してゆるんだ土壌に豪雨が打ちつける。土塀が崩れたり、鳥の巣が落ちてきたり。そのたびに、大きな樹木にも負担がかかっている。

この土塀は、私が外祭車両を軽く当ててしまった時、かけらがほんの少しだけぽろっと落ちたのを、当時5歳だった息子が必死で壁に戻し、「あとはオレがやっておくからカアチャンは逃げて!」と言った思い出の土塀であったが、大阪北部地震の後の大雨で崩れてしまった。今はこの部分のみ板塀で応急処置してある。


台風で落ちてきた鳥の巣は、ハンガーやネットをじょうずに使っていた。

御神木だからと手を入れずにおくと、倒れて本殿を潰してしまうことにもなりかねない。(それは大変!)

大木は、あまりにも繁りすぎると、自分自身の湿気で木が腐ることもあると言うし、

(それは怖い!)

古くなった太い幹を落とすと、腐るのを防ぎ、樹木全体に栄養が行き渡って健康になるし、

(知らんかった)

さらに、下に生えている若木にも光が入って、森が全体的に元気になる。

(ええ話や…)

話の達者な僧侶は、こういう話を、皆が得心する講話へ昇華させるのだろうが、私は「これで落ち葉そうじが楽になる!!」と、竹箒を持って小躍りするだけだ。


宮司が背負っているのは風で落ち葉を飛ばす機械。

こうやって、機械で寄せてから、熊手で集めます。

だが、赤門側や駐車場の大木は今年の強剪定ターンではないし、強剪定した木々もびっくりするほどあっというまに茂っていく。

小躍りも、ほんのひとときのぬか喜びに終わる。

それを見て、「人間は浅はかなものだなぁ」「植物には敵わないのだなぁ」と、なんとなく感じていただければ良い。



木々が大胆に刈り込まれたおかげで、本殿の側面(東妻)が、よく見えるようになった。

本殿は、安土桃山時代の慶長7年(1602年だから今から420年前)、豊臣秀頼(当時数え十歳)によって、片桐且元を奉行にして建てられた。今は国指定の重要文化財である。




写真で見ると左側、本殿の前方に長く伸びている屋根は、ねこが伸びをしている姿に似ているため、「猫伸び造」と言われる。

というのは嘘で、本当は「流れ造」と呼ばれる。

母屋とヒサシが同じ流れで葺いてあるからである。

神社建築に特徴的な形で、国宝や重要文化財に指定されている神社本殿の多くがこの形式の屋根を持っている。


屋根に寄って見てみる。

バウムクーヘン、あるいはミルクレープのように、薄い皮が何十層にも重なっているのがわかる。お腹が空いている時にはケバブにも見える。



このみっちり・ぴっちり・きっちり感。お参りの際は、本殿の横からじっくり鑑賞してください。

この皮は檜皮(ひわだ)と言って檜(ひのき)の木の皮なので、食べられない。が、檜の皮は貴重なので、激しい台風の後など、境内に檜皮が落ちていようものなら、我々は駆け寄って拾い、大事に保管する。

檜皮一枚、救ったからと言って、檜皮職人でもない我々が、檜皮を屋根に戻せるわけではない。が、気持ち的に、落ち葉と同格に扱えないのである。

そう、このぶ厚い檜皮の層は、檜皮職人さんが竹釘を使って施工したものだ。優秀な施工のおかげで、平成23年の本殿修理が済んでからは、台風で散逸する檜皮がほとんどなくなったが、檜皮は自然物で経年劣化するため、20年ぐらい経てば、また飛ぶようになるだろう。そして、少なくとも30年に一度は葺き替えないといけないのだ。

その本殿修理の際、檜皮職人さんがお仕事しているところを生で見ることができた。地域の皆さんをお呼びして見学会もしたので、ごらんになられた方もあるかもしれない。

私はちょうど双子をがっつり育児中で、どちらかがぐずり出したら私の見学もおしまいという状況につき、なかなかじっくり見ることができなかったが、職人さんが竹釘を口に何本も咥えて、前後2通り、横歩み1.2センチに檜皮を重ね、ザクッと竹釘で止めていくというのをシュパパパパッと早業でこなしていくさまは、衝撃的であった。稚拙な表現しかできず、申し訳ないが、ああいった伝統の職人技というものは、体の表現の真髄であるから、言葉にすることが難しい。

にしても、一枚一枚の檜皮のサイズくらいはわからないと、イメージしづらいと思うので、修理報告書に書かれている、使用された檜皮のサイズをここに書いておく。

留甲‥‥幅3センチ✖︎厚さ0.3センチ✖︎長さ51.5センチ

脇の皮‥‥幅3センチ✖︎厚さ0.3センチ✖︎長さ4551.5センチ

軒付皮‥‥幅3センチ✖︎厚さ0.15センチ✖︎長さ36センチ

上目皮‥‥幅9センチ内外✖︎厚さ0.3センチ✖︎長さ4575センチ、36センチは箱皮仕立

平葺皮‥‥口幅15センチ上、尻幅10.6センチ上の三割落、厚さ0.2センチ✖︎長さ75センチ・45センチ

檜から適当に剥がした皮ではなく、厚さも長さもきちんと揃えられているのだということがわかる。そして厚さは0.15センチか0.3センチの超うすサイズである。

その厚さの檜皮を一体どれだけ重ねたらこの屋根の厚みになるのか。屋根全体で何枚くらいの檜皮を使うのか。修理報告書に枚数の記載はなかったが、「使用する檜皮についてはいずれも89年張秋伐の根皮・節皮・網皮等の欠点のない上質品とした」とあるので、それだけの上質品を惜しげもなく使っている屋根ということだ。やはり台風で飛んだら、必死で拾わねばならない。

片埜神社の本殿を修理施工してくだっさのは村上社寺工芸社さんである。檜皮職人というのは本殿の屋根を葺く職人さんだから、当然ながら神様が鎮座している建物の上に登らねば仕事ができない。神様の上に立つということが失礼にならぬよう、「私は鳥です」という意味の、鳥の羽根を身につけて屋根に上がっていた。かっこいいにもほどがある。

さて。屋根の上を見てみよう。


まるで刀を戦わせているかのように交差した二本の木。これは千木(ちぎ)と言って、もともとは破風の延びたものとか、棟を押さえるだとか、構造上の理由がある建材であったが、現在では構造とは無関係の、「神の崇高性を示すもの」とされている。

千木も、流造の屋根と同様、神社建築に特徴的なものだ。

そして、二本の木の切り口が地面に並行であるのと、垂直であるのと、2パターンがある。

並行であるのは「内削ぎ」と言われ、伊勢神宮の本殿が代表的なものである。



片埜神社本殿の屋根を真横から撮ってみました。下からなので、千木が上のほうしか見えませんが、千木の左右はシンメトリーです。

片埜神社の本殿は、切り口が地面に垂直で、これは「外削ぎ」と言われ、男神が祀られている神社、あるいは出雲系の神社に多いと言われている。

「男神が外削ぎで女神が内削ぎというのは、ジェンダーイメージの決め付けではないのか?」

令和の世ではこうした意見も飛んでくるだろう。


「お稲荷さん」と呼び親しんでいる伏見稲荷大社の本殿は千木がないし、広島の厳島神社の、海に浮かぶ美しい社殿にも、千木がない。千木がない本殿建築もたくさんある。

日本には二万以上の神社があって、いまのところその全ての千木と、祀られている神様との関係ははっきりとはわかっていない。


以上、今回はここまで。

いつになるかわかりませんが本殿建築の一部、蟇股(カエルマタ)についても書く予定。

枠が、カエルのまたに似ているからこの名前なのは、嘘ではない。なんだ、猫伸び造と同じセンスじゃない。






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