夏のこども


真っ黒に日焼けして青いキャップをかぶった、小学1年生ぐらいの男の子がご朱印をもらいに来た。手には渋い御朱印帳。地色が紫色で、金色の火炎模様がドットのようにちりばめられているから、お寺のものであろう。表紙に、ひらがなで自分の名前が書いてある。


ご朱印帳は、たいていが一枚の長い紙をじゃばらに折って帳面状になっている。表紙からスタートして順番に朱印を押していき、最後までいったらこんどは裏表紙からスタートして、長い紙の裏側に順番に押していく。レコードで言うと、A面が終わったら裏返してB面にいくというあんばいだ(若者にわからんたとえですみません)。


男の子のご朱印帖を繰ってみると、裏表紙からの数頁には京阪電車の駅のスタンプが押してあった。淀屋橋、枚方市、淀、出町柳……。ああ、この子も私と同じで京阪電車が好きなんだな。と思いながら、ずらりと並んだ社寺仏閣のご朱印の続きの頁に、日付を入れ、片埜神社のご朱印を押し、男の子に渡す。


うちのご朱印は鬼なんだよ。知ってた?

-----うん、知ってる。


大阪城の鬼門除けだからなんだよ、知ってた?

-------うん、知ってる。


もうずいぶんたくさんご朱印もらったんだね。

------3歳から集めてるから(ドヤ顔)。


いいねぇ。このご朱印帖買った時のこと覚えてる?

------覚えてる。買ったのは覚えてないけどお寺は覚えてる。


3歳からご朱印集めが趣味とは、みうらじゅんさんみたいだな。と思いながら、彼が集めたご朱印をぱらぱらと見ていると、その中に波上宮(なみのうえぐう)と普天間宮(ふてんまぐう)のご朱印があった。どちらも私の大好きな沖縄の神社なので、「沖縄も行ったんだ?」と聞いたら「沖縄に住んでいるから」という返事が返ってきた。


へえ、沖縄のどこに住んでるの?

-------〇〇(スーパーの名前)のとなり。〇〇は、洗濯できるところと、バナナとかお菓子が売ってるところがつながっていて、とても便利なわけ。反対側のとなりは歯医者さんだから、歯が痛くなってもすぐ行けて、とても便利なわけ。洗濯はとても安いよ。50円でできるわけ。


へぇへぇ。夏休みでこっちに来てるの?

------うん。おかあさんがもともと枚方で、おじいちゃんがこっちに住んでいるから。あ、でも今おじいちゃんの家は、お風呂がこわれているから、お湯が出ないわけ。どうしてかというと、どろぼうに、人が住んでいないと思われて、勝手にはいられて、どろぼうが、お風呂の線を切っちゃった。だから、大きいお鍋に水を入れて、台所でお湯にして、お風呂にお鍋の湯を入れて、それを水でうすめて入っているわけ。


大きい鍋、というワードが出てきたので、一瞬、五右衛門風呂的なものを想像したが、お鍋から湯船に移し替えているのだということがわかった。


------だから、どろぼうにお手紙を書いておじいちゃんの家に貼ったわけ。「ここには人が住んでいます」って。


どろぼうに対してずいぶん寛容なこの子は将来大物になるだろう。と思いながら、おかあさんはここに迎えにくる?と聞くと、お母さんは駐車場の車の中で赤ちゃんといる、という。


この暑さでは、せっかく眠った赤ちゃんが起きてしまうから、おかあさんは神社の受付まで男の子を連れてきて、すぐに車に戻ったのだ。じゃあ、早く行きな、と言うと、男の子は肝心のことをまだ伝えていないという様子で、いきおいよく喋った。


------ぼくは電車がとても好きだから、毎日踏切に行って電車を見てる。お父さんがお休みのときは、車にのせてもらって電車を見に行ってる。


そうか。だからご朱印帖のB面に電車の駅のハンコが押してあったんだな。いろいろな種類の電車が走っている大阪での毎日は、男の子にとっては興奮の連続なんだ。


ーーでも、あと7日しかこっちにいられないわけ。ハァ〜(ため息)。


7日って結構あると思うけど・・・。




私が足しげく沖縄に通っていたころ、沖縄には電車がなかったが、2003年に「ゆいレール」というモノレールができた。できたてのゆいレールに乗ったとき、運転士のおじさんが「電車なんて乗ったことも見たこともなかったから、むずかしいわけ。いつも怒られてばっかりなわけさ。いま、一生懸命練習しているところなわけ」と言っていたのを思い出した。


男の子は5~6歳だから、産まれたときにはすでにゆいレールがあったことになるが、ゆいレールの走っている区間は限定されていて、県民でも乗ったことのない人はたくさんいると聞く。




沖縄にも、ゆいレールがあるよね?

------うん。ぼく、2歳のころとてもかわいかったの。


ん? 今でもかわいいけど?

------2歳のころ、ゆいレールの運転士さんに手をふったら、運転士さんが手を振って汽笛をならしてくれた。


わー、すごいね。覚えてる?

------覚えてる。


お母さんらしき人が駐車場のほうからこちらに向かってくるのが見えた。ほら、もう行きな。お母さん来たよ。と言うと、男の子はじゃあね。といって、何回も振り返って手を振り、去っていった。


子どもは4~5歳くらいになると、保護者を介さずに他人と話せるようになる。そして、大人の側も、連れている保護者にではなく、子どもに直接話しかける。そうして、知らぬ大人と子どもの一期一会は、その場かぎりで潔く終わるけれど、脳のどこかに、確かに刻まれている。


息子が5歳くらいの頃、工事現場が大好きで、特にショベルカーが好きだった。大規模な工事現場は立ち入り禁止になっていて見ることができないが、道端でやっているちょっとした工事であれば、やや遠くから小さいユンボが大活躍しているようすを眺めることができる。飽きずに眺めていると、見知らぬおじいさんが息子に話しかけてきた。


「坊や、そんなにショベルカーが好きなら、コマツに行ったらええ。きれいなおねえさんが2人いて、案内してくれる。わしはコマツの工場で働いとったからな」


コマツというのは小松製作所大阪工場のことである。年に一度は工場の敷地を解放し仮面ライダーショーなどをしてくれ、大きな重機を見ることもできるのは知っていたが、おじいさんは完全に息子に対して男同士の話をしているようだったので放っておいた。


知らぬ間におじいさんはいなくなったが、しばらくの間は「コマツ」や「おねえさん」というワードが息子の口から飛び出すのだった。


そしてとうとう、実際にショベルカーを操作することのできる「ショベルカーランド京都」へも、行ったりした。


小学校に入ってからは、息子の興味は働く車から野球へと移って行った。


神社の横の公園でキャッチボールの相手をしていたら、杖をついたおじいさんが、塚に腰をかけて、私たちのキャッチボールを見ている。


正直言って私はキャッチボールというものを大人になるまでしたことがなかったので、暴投の連続であった。それでも息子はとんでもない方向に飛んでいったボールを走って取りに行っては、うれしそうに投げ返してくる。


そのくりかえしをずっと見ていたおじいさんが、杖をついて息子にちかづいてきた。そして一言、


「坊や、このお母さんではあかん。プロ野球選手にはなられへん」


と言ったのである。


私は、「そんなことない!」と言い返し、プンプンして帰宅。

晩ごはんを作っていても、食べていても悔しくて、ごはんのが味しない。


5時まで仕事がんばって、やったこともないキャッチボールにつきあって、晩ごはんつくってるのに、誰も誉めてくれやしないし、わけわからん爺さんにはディスられるし!むー!

……と、悔しさ100%だったのである。この時は。


だが、あれから十年近く経った今、思い返してみると、このお爺さんのひとことは、かなりセンスあるツッコミだったなあと思う。


余裕がなかったんだなあ、自分‥。


息子が小学校高学年になり、野球チームに入って一年ほどたったころ、ボールを投げると肘が痛む、いわゆる野球肘(やきゅうひじ)というのになって、近所の接骨院に行ったことがある。


接骨院の中は意外に広く、スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」に出てくる宇宙船の中のような、大きな機械からいくつも線が出ていて、それで体にビリビリと電気を当てるようになっているのだった。


こっちには椅子に座ってビリビリを当てているおじいさん、あっちのベッドにはうつ伏せになって腰をもまれているおじさん。その向こうのベッドでは、別のビリビリを当てているおばちゃん…、と、3人ぐらいの患者さんがいた。どの人も知らない人だ。


ピンクのユニホームを着た、はきはきした中年の女の先生が、「ああ、野球肘やね」といって、息子の投球フォームなどの確認をする。それから、「君はどこのファンやねん?」と聞いてきたので、息子が「阪神。」と答えると、それまで違う方向を向いてビリビリを当てていた人も、うつ伏せで腰を揉まれていた人も、一斉に息子のほうを向いて、


「ええ子や」


と言った。


全員の「ええ子や」が揃ったことに対してびっくりしているのは私だけで、あとの人たちは何事もなかったようにビリビリやマッサージを続けている。大阪ではこういう場合に「ええ子や」というのがお約束なのだということを、私も息子もここで知った。


おそらくそれぞれの土地でこうした会話のお約束というのがあるはずだ。見知らぬ固体と決まったパターンでコミュニケーションすることによって、不要な対立を避けるというのは動物の基本的な知恵だ。


でも、こんなに人との関わりを求め合う大阪ですら、ここのところは、世代の違う見知らぬ人とのちょっとした会話が、減りがちなご時世。せめて神社は、ちびっこからおじいちゃんおばあちゃんまで、知らぬ者同士でも自由な感じで会話を交わせる空間でありたいと、思っております。














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