何をもって「男になる」のか?

五月五日、端午の節供。


そもそもは、香りの強い菖蒲(しょうぶ)の葉で女性の邪気祓いの行事をしていた日。それが、菖蒲=尚武=勝負の同じしょうぶつながりで、兜を飾るなどするうちに、次第に男子の節供になっていったとの事である。


(茅の葉で巻いた「ちまき」については昨年のブログに考察がありますので、そちらもぜひお読みください)


袴をはくとか、兜をかぶるとか、そういった戦い系の装身具を装着する事で「男になった」ことを自他ともに認めるという風習は、どこの国にもあるけれど、それを季節の節目の「祓え」の行事と融合させるところに、独特のセンスを感じる。


あるいは毎年めぐってくる季節の行事と融合させる事により、伝統行事がすたれないという側面もあるのかもしれない。


兜や刀といった武具は記号化された存在で、現代では実際には使用されていない。では現代では具体的に何をもって「男になった」と、自他ともに考えるのだろうか。(ここでいう「男」はジェンダーのことではない。選挙運動で候補者が「私を男にしてください」という時の「男」である。平たく言えば、社会のヒエラルキーに参加する、ということだ。)


うちには男女の双子がいる。当たり前だが年齢も月齢も一緒である。双子だと世話に手がかかるので男だとか女だとか考えているひまはなく、離乳食は同じ茶碗から同じスプーンでかわりばんこにあげていたし、同じことをして遊び、同じ本を読み聞かせ、同じように育った。





服装は、もらいものとおさがりで済ませていたのでお揃いではなかった。ふたごで唯一違うといえば、服装くらいだったろうか?


そんな双子がつかまり立ちを始めた頃、生活の場を社務所から少し離れた住居へ移した時期があった。


そこは路地のドンツキにあり、路地では近所の子供たちが縄跳びやサッカーをしたり、ござを敷いて昼食やおやつを一緒に食べたり、田んぼや池でザリガニ釣りをしたり、まるで昭和な光景が広がっていた。


双子を二連の乳母車(いまはベビーカーでもなくバギーと言う)に乗せて外に出ると、近所の子供たちがワッと寄ってきた。うちにいた紀州犬の雑種も同行して、多勢で散歩するのが日課になった。





子どもたちは、前になり、後ろになりながら、ずーっと質問してくる。


「どらくらい寝るん?」

「肉、食べる?」

「一日何回うんこする?」

「カマキリ食べる?」

「石、食べる?」

「なんで毛ぇ抜けるん?」

「わ! ヨダレたれたで!」


双子に関する質問と犬に関する質問が入り混じって投げかけられるのだが、答えているうちに、どちらにも当てはまるような気がしてくる。子供にとっては、犬もヒトの赤ちゃんも「興味ぶかい生き物」という、存在として同じカテゴリーなのだ。もちろん、子どもたちは息子と娘、どちらにも同じような対応である。


(その犬は双子が幼稚園の年長のときに、帰幽。今は守り神である)。



やがて、双子が家のなかで二足歩行を始めた。


息子は「だー」と言いながら酔拳(すいけん)のように無軌道な動きでよろめいている。


娘は「れろれろれろ」と火星人声で言いながら手を前に出し、ロボットダンスのような角ばった動作でせまってくる。


たとえて言うなら柔と硬。同じ日に生まれ、同じ環境で育っても、歩くときのカマエとハコビが見事に違うのだった。これは、男女の差というよりも、個性と言うべきだろう。


共通しているのは、あまりにも不安定であるということで、「生まれたての鹿」の雰囲気が正味ひと月は続いた。生まれたての鹿×2×30日、親としてはけっこうな見守りの労力である。