• 権禰宜 岡田桃子

霧島

Updated: Jun 24, 2019


片埜神社の正門(通称・赤門)側にある「霧島」は、四月後半からこまかい花をびっしりと咲かせるツツジである。


3,4センチほどの小ぶりで赤い花が密集して咲くのが特徴で、満開時には、いくらなんでも赤すぎるのではないかしら。ちょっと盛り盛りしすぎではないのかしら。


と思うほどの景色になる。


そんな霧島の出目は鹿児島である。


江戸時代の寛永年間(1624-1644)に、薩摩で自生するヤマツツジとミヤマキリシマ(深山霧島)を掛け合わせて作られた園芸品種であり、正保年間(1644-47)に大坂に伝えられ、京都や江戸に爆発的に広まっていったそうである。


薩摩の出だから、霧島。

そのたたずまいには、たしかに江戸時代の園芸ブームの匂いを感じる。

人工を突き詰めた挙句、宇宙的な世界までいってしまった、日本の園芸。


たしかに、日本の森は、豊かで変化に富んでおり、神々もおわしますゆえ、それを人間が模倣したとて、到底かなわないのである。

そこで日本の園芸は、自然界の美とは逆のベクトルに向かっていったと思われる。


Too muchな方向に向かい、そのベクトルの大きさが最大になっていた江戸時代、霧島がつくられたのも、わかるよ。と、毎年この季節になると思う。




近頃は苔玉や盆栽など和の園芸も若者たちに身近になった。が、どれも癒し系で毒が無い。やはりこの霧島ぐらいどぎつく行ってほしい。


赤は厄除・魔除けの色。

それゆえ、霧島が神社の正門にわっと鮮やかに咲いたりすると、見るだけで厄災が落ちた気分になり、眼福、という二文字が頭に浮かぶ。


この燃えるような赤が、社寺仏閣に植えられていることが多く、「きれいやね~!」と感嘆の声を挙げるのは決まって中高年の方々(自分含む)であるのは、霧島が、人生の厄災を知る世代に響く姿かたち色あいをしているからであろう。


を世話になる寺をさがして歩くつつじが真っ盛だ 放哉


エリートをドロップアウトし、寺で住み込みをしながら俳句を詠んでいた俳人、尾崎放哉。ここに詠まれているつつじが霧島なのかどうかは、定かでないが、放浪している放哉さんと、真っ盛なつつじとの対比が可愛い。(放哉さんの句は結局全部可愛いのだが)。




私は上賀茂神社の社家の方にいただいた大事な葵(アオイ)も枯らしてしまったし、吉田山で神職の研修をしていた時には、榊(サカキ:玉串に使われる常緑樹)の枝を採ってくるよう言われ、まったく異なる木の枝を切ってしまったほど、植物に関する才能がない。


だからこの霧島くらい、特徴があって、かつ、世話しなくても毎年わっせわっせと花を咲かせてくれ、参拝者の方に喜んでいただける植物は、たいへんありがたいのだ。





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