オモロ・ウムイ・グェーナを聞く


2月12日にICUチャペル(東京・三鷹)で琉球の古謡であるオモロ、ウムイ、グェーナを琉球王朝古謡秘曲団がうたうのを聞きにゆきました。

ICUは秋篠宮眞子さまが学ばれ、佳子さまがご在学中の大学として知られていますが、私の母校でもあります。今回はICU宗教音楽センターのオープンレクチャーということで、幅広い年齢層の方々が来られていました。

満員のチャペルの2階席から遠目に見ていると、秘曲団はみなさん背が小さめなうえに、声が素朴で若い感じなので「中学生ぐらいかな?」と思いました。マット・ギランICU宗教音楽センター長が彼女らを紹介するまで平均年齢75歳だとは、わかりませんでした。

大きな白い扇を持った女性が先導となりワンフレーズをうたい、それに続いて全員がユニゾンで同じフレーズをうたう、というのがくり返されます。それは、よせては返す、ゆったりとした波のようであり、風のようでもあります。これらは10世紀ごろから歌い継がれてきた神歌(神様への思い=おもろ・うむい)で、沖縄では祭祀で今でもうたわれており、琉球王朝秘曲研究家の山内盛彬(やまうち せいひん)氏が採譜したのだそうです


レクチャーでは竹富島のユーンガイ(世迎え)と大宜味村のウンガミ(海神)の実際の祭祀の映像も流されました。うちわを持った女性たちがうたいながら神を迎え、うたいながら神を送るようすが映し出されます。

神社神道でも、神社以外の場所で祭祀をおこなうとき、たとえばあたらしく家を建てるときの地鎮祭などでは、その場所に神様をお呼びしてから祭祀をおこない、最後に神様に帰っていただいて祭祀を終えます。呼ぶ・送るときの儀式は「降神(こうしん)」「昇神(しょうしん)」の儀と言われ、どちらのときも、斎主が礼をした姿勢のまま「オーーーー」という低いロングトーンを発します。

このオーは、神が来られる、控えよ、と参列者に対して発するもので、歌ではなく、警蹕(けいひつ)と言われます。イメージとしては、狼の遠吠えに似ています。(実際、地鎮祭で施主さんの飼われている柴犬が利口に参列していたところ、斎主のオーにつられてウォーと遠吠えしてしまったことがあります。)

この「オー」のあいだじゅう、参列者は礼をしたまま、ロングトーンが終わるまで頭を下げています。神様が移動されるときは頭を下げてそのお姿は直視しないのです(たとえ目に見えない存在だとしても!)。

神様を迎えるときも送るときも、歌とうちわ(あるいは扇)でなごやかにおこなう沖縄のスタイルは、まるで遠くからの友人を迎えるお母さんのようであり、神社神道の「オー」は、それに比べると、男前というか、武骨というか…。

神様をうたでお迎えし、うたや演劇で神様と遊び、またうたでお送りする。それを気持ちのよい野外で行う沖縄の祭祀のスタイル。

神社神道も、そもそもはこうしたアウトドアスタイルの祭祀が原点であり、「半紙一枚懐に入れていれば、いつでも森で祭祀ができる」と教わりました。ご祈祷や祭典で、参列者が参拝するときに神前に奉る「玉串(たまぐし)」は、常緑樹の木の枝に半紙でつくった紙垂をくくっただけのもので、神道の祭祀が森から始まったことを示しています。

ただ、本土では、「社殿」という、神様が常駐する場所をつくったことで、神様も社会に組み込まれ、祭祀にも人間社会のような組織やルールが生まれていき、現在のような、専門性の高い祭祀のかたちになったのかもしれませんね。

そもそも男性は組織やルールが好きで、それを遊びのように楽しんでいるので(ざっくりした言い方でごめんなさい、そうでない人もいます)、男性が神事を司る本土の社会では、そうした組織も規則もガチっとある祭祀のスタイルが確立したのかもしれないなあと、沖縄の女性たちがうたうゆるやかなグェーナを聞きながら、ぼんやりと考えておりました。

ちなみに、マット・ギラン氏(イギリス人)は、琉球王朝の装束に身をつつみ、第二部では琉球王朝の古典音楽「かぎやで風節」などに三線で参加されていました。あたまに載せたハチマチは、そのいわれが分かっていないそうなので、どなたか研究してはどうですかとの事。そういえば神社神道でも「有職故実」の分野は、専門家が少ないといった話を聞いたことがあります。まだまだ知らないことはたくさんあります!

芸能や文化の原点は祭祀であり、祭祀の原点は風土である。

さまざまな風土のさまざまな文化をもっともっと知って豊かになり子供たちにも、ちがいを楽しめる大人になってほしいと思います。


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