神様だったのかも


人けのない稲荷社裏で、落ちた椿の実をせっせと見つけてざるにいれていたら、いつのまにかお爺さんが現れて、わたしのざるに入っている椿の実を、少しもらっていいかと言う。

「これは、わたしが集めたやつだから、だめ。」

と答えてから、

「あ、ここらへんに落ちてるやつはいいです。」

と返すと、お爺さんは

「では」と言って一緒に椿の実を集めだした。


お爺さんは五島列島の出身で、集めた椿の実は故郷の島に送り、おおきな搾り機で椿油に精製して送り返してもらうのだそうだ。椿の実が落ちる季節に、あちこちまわって実を集め、大阪の椿の実のぶんだけで、一斗缶ぐらいになるという。

「天ぷら油にしてもおいしいし、何にかけてもうまいよ、椿油は。送ってきたら、すこしあげましょうか、これくらいの瓶に入れて」

椿油が食用になるうえに、うまいらしいという事にたいへん惹かれたが、先刻「私のざるのやつはあげない」と心のせまい事を言ったばかりなので、「ください」とは言わなかった。

私「私は椿の実をつぶして楽器のお手入れに使うので」

爺「へえ、楽器ですか」

私「雅楽で使うお箏(こと)です」

爺「へえ、それは初耳。お箏弾くんですか」

私「はい、結婚式とかで。来週結婚式がありますし」

爺「おめでたい」

私「あのね、てぬぐいに椿の実を二十個くらい包んで、上からトンカチでたたくんですよ、トカトントンてね」

爺「そのあと、すり鉢でするんでしょう」

私「いいえ」

爺「蒸すでしょう」

私「蒸しません」

爺「なまですか」

私「なまです」

爺「トカトントンだけ?」

私「だけ」

爺「ほー。ずいぶん原始的な」

私「トカトントンして椿油がしみた手ぬぐいで、お箏を拭くんですよ、ちょうどいいあんばいなんですよ、染み出た分ぐらいが」

爺「へぇ」

私「つやが出るし、音色もよくなる気がするし」

爺「食ったほうがうまいけどなあ」

私「菊やってる総代さんも言ってましたよ、菊の鉢のお手入れにもいいんだって。椿油で拭くと、つやが出るんだってさ」

爺「昔は食用にしたもんですよ」

私「五島列島も椿がたくさんあるんですよね?」

爺「椿畑がありますよ。ひろーいのね」

私「シャンプーのTSUBAKIも五島列島の椿を使ってるんでしょ」

爺「何にかけてもうまいですよ、芋にかけてもね」

私「私はそもそも関東の人間なんですけど母方の曽祖父は五島列島出身なんですよ」

爺「じゃあなおのこと食べたほうがいい」

私「まだ行ったことないんですけどね」

爺「そりゃ行ったほうがいいですよ」

私「いつの季節がいいですかねえ?」

爺「夏」

私「夏ですか」

爺「夏です」

私「じゃあ夏に行きますよ」

爺「わたしは、あっちのほう見てきます」

私「さようなら」

爺「さようなら」


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